先日、永らくハンセン病の差別と闘ってきた志村さんが亡くなられた。惠楓園の入所者でもあるので、子どもの保育園でもよくお世話になったが、実は、20代の頃、ちょうど入所者の黒川温泉宿泊拒否の問題が大きく取り上げられころに、友達と取材に行った経緯もあって、志村さんの家にも出入りしていた時期があった。その時、何百通と届いていた非難の手紙を見せてもらったが、そこに透けて見えたのは、裁判でお金をもらえただけでもありがたいのに、温泉旅行なんて贅沢するからこんなるんだという無知ゆえの差別意識と、支援してもらえない自分たちの状況からの恨みや妬みだった。その頃から20年経った。志村さんに見せられる社会に近づけられているか。とても自信がない。
・・合志市・高山健也・・
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